1. はじめに:世界を震撼させた「東山の14番」
日本バレー界において、今やその名を知らぬ者はいないスーパースター、髙橋藍。彼のプレーを見るたびに、私たちは驚かされます。「なぜ、あんなに決まるのか?」「なぜ、あんなに拾えるのか?」
その答えはすべて、京都の名門・東山高校時代に隠されています。
2020年1月12日。代々木第一体育館のセンターコートで、オレンジ色の床を青いユニフォームの集団が駆け抜けたあの光景。主将として、そして絶対的エースとして君臨した髙橋藍は、高校バレーの概念を根底から覆しました。
今回は、彼が成し遂げた「失セット0の完全優勝」という神話から、その驚異的な能力の裏側にある努力と葛藤の物語を、どこよりも熱く、深掘りしていきます!
そこで東山時代の髙橋藍選手を調べてみました。
”スポーツ情報ちょいかじりおやじ”が発信したいと思います。
少しでもお役に立てれば嬉しいです。
2. 【完全保存版】東山高校3年生時・髙橋藍プロフィール
まずは、伝説を作った高校3年生当時の髙橋藍選手のスペックをチェックしましょう。
| 項目 | データ(2020年1月時点) | 備考 |
| 名前 | 髙橋 藍 (たかはし らん) | 東山高校 3年 (主将) |
| ポジション | アウトサイドヒッター (OH) | 攻守の要 |
| 身長 / 体重 | 188cm / 72kg | 入学時から約15cm以上伸びた |
| 最高到達点 | 343cm | 高校生離れした跳躍力 |
| 出身中学 | 京都市立蜂ヶ岡中学 | 中1時はリベロ |
| 背番号 | 14番 | 現在も日本代表で背負う愛称 |
3. 伝説の2020年春高バレー:前代未聞の「失セット0」完全優勝
高校スポーツ界において「完全優勝」という言葉はたまに耳にしますが、バレーボールにおける「失セット0」は、まさに異次元の記録です。
3.1 予選から決勝まで、一セットも落とさず頂点へ
2020年、第72回春高バレー。東山高校は一戦ごとにその「要塞」のような強さを増していきました。
準々決勝の東福岡戦、準決勝の松本国際戦。名だたる強豪を相手にしても、スコアボードの東山側が「0」になることはあっても、セットカウントが動くことはありませんでした。
髙橋藍主将は、優勝後のインタビューでこのチームを**「最高で最強のチーム」**と称しました。
自分が決めればいいという考えではなく、仲間が繋いだボールを自分が最高の形で終わらせる。この信頼感こそが、完全優勝の原動力でした。
3.2 宿敵・駿台学園を粉砕した決勝戦
決勝の相手は、東京の横綱・駿台学園。しかし、結果は非情なまでのストレート勝ち。
勝負どころでの髙橋藍の決定力は、駿台の鉄壁のブロックをものともしませんでした。彼がコートのどこにいても攻撃してくる恐怖感は、相手にとって絶望だったはずです。
4. 強さの秘密①:Vリーグ基準の戦術「高速立体バレー」
東山時代の髙橋藍が「最強」だった理由。それは、単なる「高さ」や「パワー」だけではありません。当時の東山には、Vリーグレベル、あるいは世界基準の戦術が組み込まれていました。
4.1 松永理生コーチの戦術革命
当時コーチを務めていたのは、後にサントリーのコーチや中央大学の監督を務める松永理生氏。彼が導入したのは、セッターがボールに触れる瞬間にスパイカー4人が同時に助走を開始する**「同時多発位置差攻撃(シンクロ)」**。
髙橋藍は、この複雑なシステムの中で「いつ、どこからでも、最速で打つ」能力を極限まで磨き上げました。
4.2 幼馴染・中島健斗との阿吽の呼吸
この高速バレーを支えたのが、小学生時代からの幼馴染であるセッターの中島健斗選手です。
通常、エースのバックアタックは「苦しい時の選択肢」ですが、中島選手にとっては「普通のABクイックと同じ感覚」でした。レシーブをした髙橋藍が、次の瞬間にはバックセンターから飛び出してくる。この予測不能な攻撃が、東山の「槍」でした。
5. 強さの秘密②:リベロ出身がもたらした「世界一の守備力」
現在の日本代表でも、髙橋藍の最大の武器と言われるのが**「レシーブの正確性」**です。これは、彼のキャリアのスタートに秘密があります。
5.1 身長155cmの「リベロ」時代
中学1年生の時、髙橋藍の身長はわずか155cm程度でした。当時の彼はリベロ。
大型アタッカーが叩き落とす強烈なスパイクを、地を這うようなプレーで拾い続ける毎日。この時期に培った「ボールの軌道を読む眼」と「正しい姿勢でセッターに返す技術」が、高校で身長が急激に伸びた際、彼を**「世界で唯一の守備型超アタッカー」**へと変貌させたのです。
5.2 「打てるリベロ」の衝撃
東山高校の試合中、相手チームは「エースの藍を狙って、攻撃を遅らせろ」とサーブを打ち込みました。しかし、それは逆効果でした。髙橋藍は完璧にレシーブを返し、自ら助走に入ってポイントを奪う。
「守備でリズムを作り、攻撃で仕留める」。この自給自足のバレーこそが、東山の失セット0を支えたのです。
6. 強さの秘密③:「俺に持ってこい」剥き出しのエゴ
スポーツ情報ちょいかじりおやじが最も強調したいのは、彼のメンタリティです。今の爽やかな笑顔の裏には、猛獣のような勝ち気が隠されていました。
6.1 セッターへの叱咤と「責任感」
試合中、中島健斗選手に対し、「俺に持ってこい、俺が決める」と常に要求し続けました。もし中島選手が他の選手に上げ、それがミスになった時には「なんで俺に持ってこないんや!」と激怒することもあったといいます。
これは決してわがままではありません。**「チームの勝敗の責任を、自分がすべて背負う」**という覚悟の現れでした。
6.2 兄・髙橋塁を超えた瞬間
彼には常に追いかける背中がありました。同じく東山高校でエースを務めていた兄・髙橋塁選手(現サントリー)です。
兄を目標にし、兄が成し遂げられなかった「春高制覇」を達成した瞬間。彼は初めて「兄を超えた」と実感しました。この身近なライバルの存在が、彼をどこまでもストイックな練習へと駆り立てたのです。
7. 東山高校のレガシーと偏差値
東山高校がなぜ、これほどまでにインテリジェンスな選手を育てられるのか。その背景には、京都の名門校としての「文武両道」の姿勢があります。
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東山高校の偏差値:46 – 68
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難関大学を目指す「パスカルコース(68)」から、スポーツを極める「クレストコース(46)」まで設置されています。
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文武両道のリアル:
バレー部員は練習だけでなく、学校生活の規律も徹底されています。「知性のないプレーヤーは世界で勝てない」という教えが、髙橋藍選手の冷静な判断力(ブロックアウトの狙い方や状況判断)の土台となっています。
2026年現在の東山高校でも、2年生エース岩田怜緯選手らが「藍さんのような絶対的エース」を目指して汗を流しています。髙橋藍が残した「高速立体バレー」のDNAは、今も京都の地に息づいています。
8. おわりに:代々木から世界へ
髙橋藍選手にとって、東山高校の3年間は「世界で戦うための準備期間」でした。
完全無欠の優勝を成し遂げた代々木のコート。あの時、彼が流した涙と、中島健斗選手と交わした抱擁は、今や日本バレーの新しい夜明けの象徴となりました。
「リベロの守備、Vリーグの戦術、そして絶対的なエースのエゴ」。
これらが完璧に融合した東山時代の髙橋藍は、まさに日本バレーの理想形を体現していました。
これからもサントリー、そしてパリオリンピックを越えて世界の頂点を目指す髙橋藍。彼の原点である「東山の緑のユニフォーム」時代の輝きを、私たちは一生忘れることはないでしょう。
今回、
伝説 東山時代の髙橋藍を徹底解説!春高完全優勝の衝撃と強さの秘密
を読んでいただきありがとうございます。
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